宝くじに当たる当たらないは関係ない 当選者のその後は気にならない

日本で買った宝くじを公開してみてはどうか

宝くじが公平な抽選のもと行われていると考える根拠は何か?

宝くじの抽選に不正なんかあるわけがない、

不謹慎だ!

と考える方がいるかもしれない。いや、おそらくいると思う。

が、個人的に高額当選者を知らない以上、完全に不正が無いと考えることはできないんじゃないか?というのが、この記事を書くに至った理由です。

私の宝くじ歴

宝くじ歴は大したことない、中学生の頃に親からもらったお小遣いを全額宝くじにつぎ込んでいたことがある。

その頃は、完全に

夢を買っていた

そう、100%当たることを夢見て宝くじを買っていた。

しかし、買っても当たらないため、子供ながらに本当に宝くじの高額当選者は存在するのか、半信半疑のまま成長していった。

自分で買っても当たらないから半信半疑になったのではない。

信頼できる親族誰もが買っても買っても当たらないのである。

私の祖父は、30年宝くじを買い続けた結果、最も下の当選金以外当たったことがなかったという。そして、私の親も宝くじファンであるが、数十年の宝くじキャリアがある中で、1万円の当選が最高記録になっている。

1万円の当選はかなり幸運なほうだと思う。

このような家庭環境で宝くじの抽選がフェアに行われていると断定することはできない

私の宝くじ歴を簡単に書いてみた。

このような環境下に置かれている人は、果たして私のみであろうか?

日本全国に私と同様の境遇の人はごまんといると考えて問題はない。

買っても買っても当たらないのに、なぜそれでも夢を買い続けられるのか?私の感覚からすると、強い信仰が無ければ夢を買い続けることはできない。その信仰とは

お金に対する信仰

ではないかと考えています。

すべての宝くじフリークに以下の質問をしたい。

夢を買っているのはなく、1等を当てようとしているのではないかと?

そう、本来1等の3億円だか7億円を当てるために宝くじを買っている、夢なんかいらないはずです。

当然ですが、1等を当てるためには、宝くじの抽選が完全に公平に行われているということが必須になります。100%抽選に不正があると断定することはできませんが、信頼できる高額当選者を知らない以上、同様に完全に公平な抽選が実施されていると考えることもできません。

このような状況から、高額当選を狙うのであれば、宝くじに対して

中立なスタンス

をとる必要があると考えています。

高額当選の夢という大きな成功よりもブログを見てもらえるという小さな成功

すでに書きましたが、私の祖父は30年宝くじを買い続けて(ほとんど)なにも当たらなかったという失敗を孫に伝えました。その失敗を私も繰り返す必要はないと思います。

私は私で宝くじに対して違う向き合い方をするべきと考えました。

その取り組みが、

買ってきた宝くじの公開

です。

抽選が行われた後は、はずれくじとなる宝くじも、それまでの間は

高額当選の可能性がある当せん金付証票

になります。

高額当選の可能性があると考えられている当せん金付証票は、インターネット上である程度コンテンツとしての価値があるものと予想しています。

一人くらいいても良くないですか?

当選した宝くじを公開しているが・・

それでは公開をはじめよう

2017年グリーンジャンボ宝くじ 第713回全国自治宝くじ

買いました公開します。

宝くじ

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